船橋名手ヒストリー3 森 泰斗

 そんな名手たちが古き良き時代を支え、21世紀に船橋のバトンを受け継いだのが森泰斗騎手だ。いまや地方に限らず、日本のトップジョッキーとしての座を確かなものにしてきたと言っていいだろう。地方競馬通算4000勝も視野に入ってきている。

 厳しい状況からはい上がってきた。1998年に北関東の足利競馬場でデビュー。折からの不況もあり廃止となり、移籍した宇都宮競馬場も間もなく廃止。2005年に南関東に移籍してきたが、すぐに芽が出たわけではなかった。

「乗れない時期が何年もあって、少しずつ自分自身を変えていかないと、と思いました。1レース、2レースで変わるものではない。普段の言動と行動、レースへ取り組む姿勢を正してきました。思いつくことは全部やってみよう。やってみてダメならしょうがないと思いました」

 自らを律すると、確実に変化が訪れた。騎乗数が増えると、有力馬に騎乗する機会にも恵まれてきた。「ジョッキーの仕事って、いい時にはいい馬が回ってきて、結果が出る。いい流れになったと思います」。努力が実を結んできたのだ。

 船橋には強い思いがある。同期の戸崎圭太騎手がJRAに移籍して活躍しているが、森騎手に同様の思いはない。「つぶれた競馬場から船橋に拾ってもらった人間だと思っていますからね。南関東でデビューしたのなら、そういう(移籍という)思いも芽生えたかもしれませんけど…。裏切ったらまずいですからね」。競馬に携わる限りは船橋に骨をうずめる覚悟でいる。

 南関史上5人目の4000勝まで、あと残り僅か(※6月1日現在)に迫っているが、「簡単ではない。競馬で1回勝つのは大変だと年々、思ってますから」と慎重。とはいえ、大きな目標であるのは確か。そして、それ以上に高いモチベーションとなっているのが、歴史的名馬との出会いだ。「まだ、アジュディミツオーだとか、フリオーソ、アブクマポーロというような名馬に出会ってませんからね」。

区切りの勝ち星へ、さらにその先へ。
船橋で大きな夢を追い続ける。

写真:森泰斗騎手

PAGE 2/2

一覧ページへ

Writer

春木宏夫(はるき ひろお) 報知新聞社

春木宏夫(はるき ひろお) 報知新聞社

JRAと南関東競馬の両方で本紙担当をした二刀流。予想(馬券)は本命党でも穴党でもなく、すべて当てたいと思っている。