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過去の写真に残る「芝」と
繋駕(けいが)競走 

施設の歴史を追ってみましょう。南関東で唯一のスパイラルカーブを擁するコースの他、かつては内馬場にクロスした芝コースがあり、障害レースが行われていました。 2008年の写真を見ると、生垣障害の名残を確認することができます。また、1200mのスタート地点に芝が張られていた時代もあったそうです。 レースの歴史を振り返ると、競馬場の初期には、騎手が競走馬の後ろに付けた繋駕(けいが)車に乗り、馬が速歩する繋駕競走も行われていました。これまでほとんど触れられることが無かった繋駕競走。この機会に、船橋競馬場の歴史のひとつとして記しておければと思います。

     
    
   
     

矢野 義幸


調教師

     
      
      
       

(騎手時代を振り返って)紀三井寺から移籍した時、調教もレースも乗りやすい馬場だなと思いましたね。移籍後、初騎乗初勝利しました。直線も長くて、ゴールまでまだまだあるという気持ちで馬を追うことができて、ハナ差で差し切ることができました。

      
      
       

写真:障害コースの跡に残る生垣障害(2008年 撮影:阿部典子)



写真:現在の船橋競馬場



写真:かつて行われていた繋駕競走(1952年 提供:林正人調教師)





かけがえのない場所を守るため
南関東初の通年ナイター実施

このように、さまざまな「初」を生み、強い馬を育みながら、さまざまな時代を生き抜いて来た船橋競馬場。その最大の変革は2015年6月にスタートしたハートビートナイターでした。 2018年度からは、南関東初の通年ナイターを開催。そこには「他場がやらないのなら、先にやらなくては」という、競馬場存続のための強い思いがありました。 「父も調教師だったので馬がいることが当たり前という環境で生きて来ました。他ではなく、この場所だから生かされているという思いをいつも頭の隅に置いています。この仕事は大変だけど、やっぱり好き。 だから、ここまでやって来ることができました」。取材中、そう語った齊藤敏調教師の言葉も胸に響きました。





変革を続ける中で変わらないもの

冒頭でも述べましたが、現在、船橋競馬場では2024年の完成に向けて大規模リニューアル工事が進行中。完成後は近隣商業施設とのアクセスも向上し、 より親しまれる場所となることが期待されています。船橋競馬場の前身・柏競馬場は、地元の名士・吉田甚左エ門氏の「柏のレジャーランド化、 地域の活性化を図りたい」という思いのもと、東洋一の競馬場と言われる画期的なものでした。さまざまな人が楽しめるアミューズメント施設として生まれ変わる船橋競馬場には、 柏競馬場に込められた先人たちの願いも引き継がれているのです。他にはない「初」の取り組みや実績を重ねながら変革を続けて来た船橋競馬場。 そこには、脈々と受け継がれている開拓者としての変わらぬスピリットがあると言えるでしょう。

写真:競馬場内の馬頭観世音は柏競馬場から移築されたもの 「吉田氏」の文字が刻まれている(2022年 撮影:阿部典子)

     
    
   
     

佐々木 功


調教師

     
      
       

子供の時からここにいて、1代目の観覧席が2代目になるのを見て、今また新しいスタンドができるのを見られている。それだけ長く競馬に携わらせて貰えてありがたいなと思っています。

      
      
       
    
   
     

齊藤 敏


調教師

     
      
      
       

昔ながらの競馬の好きなお客さまと共に、幅広い層の方に楽しんでいただければと思います。現地に来て、観ていただけるということは有難いですね。多くの方に来ていただいて、競馬だけでなくいろいろな楽しみ方をお伝えできればと思います。

      
      
       
    
   
     

林 正人


調教師

     
      
      
       

新しいスタンドは、馬とジョッキーとの距離感が今まで以上に近く感じると思います。競馬場をぜひ楽しんでください。

      
      

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Writer

ライター・フォトグラファー 阿部典子

2006年から船橋競馬場での取材をスタート。厩舎公式サイトをはじめ、コラムや写真で船橋競馬場の魅力を発信中。カメラ片手にレースや厩舎風景など様々な表情を撮り続けて船橋競馬場歴16年。満を持してお届けします!